100年前に日本を訪問した英皇太子の姿に海外びっくり仰天!(海外の反応) - 海外のお前ら 海外の反応



100年前に日本を訪問した英皇太子の姿に海外びっくり仰天!(海外の反応)

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エドワード8世(英語: Edward VIII、全名:エドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・アンドルー・パトリック・デイヴィッド(Edward Albert Christian George Andrew Patrick David)、1894年6月23日 - 1972年5月28日)は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)ならびに海外自治領(The British Dominions beyond the Sea)の国王、インド皇帝(在位:1936年1月20日 - 1936年12月11日)。ウィンザー朝の第2代国王。退位後の称号でウィンザー公爵(The Prince Edward, Duke of Windsor)としても知られる。ウィキペディア
海外の反応をまとめました。

1922年にプリンス・オブ・ウェールズとしてレナウンで来日した。裕仁親王(後:昭和天皇)の訪欧の返礼として日本を訪問し、4月16日に新宿御苑にて観桜会に参加、4月17日に浜離宮の鴨場で鴨猟をしたほか、4月18日15時30分頃に、吹上御苑から日比谷公園へ向かう途中で、イギリス王族としては初めて[要出典]靖国神社にて降神の祝詞に続いて玉串を捧げた[4]。 来日に際しては、鉄道省により国賓用展望車10号と食堂車11号の両御料車および寝台車スイネ28110(後の700号供奉車)の3両が鉄道省大井工場で製造されている。5月5日には大阪電気軌道(現:近鉄奈良線)の奈良駅〜上本町駅間の電車に乗車した。また、京都などを回って皇族や軍人などと面談したほか、鹿児島県では島津家の邸宅(現:仙巌園)を訪ね、鎧兜を着用して祝賀会に出席した。 パーティでは随行員らとともに、着物姿と法被姿を披露した。法被は名入りのものを京都で自らあつらえた。襟に高島屋呉服店配達部とあるものもあり、人力車夫に扮した姿が残されている[5]。日本側の歓迎や来日時の動静・写真は、東京市 編『英国皇太子殿下東京市奉迎録』[6]や、大阪毎日新聞社編 『答礼使御来朝記念写真帖』[7][8]に記録されている。 (ウィキペディア)
https://bit.ly/2Xi3jaG







・のちの国王エドワード8世、ウィンザー公爵が、1922年に日本を訪問した際に侍の格好をしていた。



・文化の盗用だ!
間違いなくツイッター上で恥をかかされるぞ。



・明らかに当時は文化の盗用だと怒らなかったようだね。
良い時代だった。



・この時代についてあまり知らないけど、西洋人が侍の格好をすることは酷い侮辱や不作法として見られなかったの?



・↑それはないだろ。
王に刀や甲冑がプレゼントされるのは良くあった。



・↑異文化の服装をする自分たちに怒るのは我々の新しいトレンド。



・↑当時は政府高官がお互いの制服を交換することは、尊敬の念の表れだったよ。



・エドワード8世。究極の日本オタク。
写真には写っていないが、等身大のアニメの抱き枕がある。



・↑「おそれながら報道陣があなたの抱き枕を手に入れてしまいました。
退位を提案させていただきます」



・1902年から1923年まで日本とイギリスは同盟国だった。



・彼の背後の男の表情。



・↑「外国人が我々の鎧を身に着けるな」って感じなのかな。



・↑その通りだ。
彼は鎧を勝ち取った。



・これはエドワード8世の写真じゃないだろ。二人ともアジア人だ。



・↑もしくは彼は役に入りきっているのかもしれない。



・ドイツびいきと日本オタクが彼の退位を説明してくれる。

kaigainoomaera

海外のお前ら 海外の反応管理人です。
政治からアニメまで色々なトピックに関する海外の反応をまとめます。
2019年7月にブログをhttps://kaigainoomaera.com/に移行しました。
旧ブログはhttp://blog.livedoor.jp/kaigainoomaera/

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