短命に終わった日本の超大型空母に海外興味津々!(海外の反応) - 海外のお前ら 海外の反応



短命に終わった日本の超大型空母に海外興味津々!(海外の反応)

Japanese_aircraft_carrier_Shinano.jpg
信濃(しなの)は、大日本帝国海軍の航空母艦[1][33]。艦名は旧国名の信濃国から採られた。第二次世界大戦に参加した最大の航空母艦であった[34]。 概要 軍艦信濃(しなの)は[1]、日本海軍が建造した航空母艦[33]。④計画にもとづき横須賀海軍工廠で1940年(昭和15年)5月に起工した大和型戦艦3番艦(110号艦)を[33]、ミッドウェー海戦以降の戦局の変化に伴い戦艦から航空母艦に設計変更したものである[35][36]。 1944年(昭和19年)11月19日、航空母艦として竣工[37]。11月28日、空襲を避けるため未完成[38]のまま横須賀から呉へ回航される[33]。第十七駆逐隊(磯風、浜風、雪風)に護衛されて航行中の11月29日午前3時20分[39]、信濃は紀伊半島潮岬沖合で米潜水艦「アーチャーフィッシュ」の魚雷攻撃を受ける[40]。魚雷4本が命中[39]、浸水が止まらず、午前10時50分頃に転覆して沈没した[41]。竣工から沈没まで艦命は僅か10日間であった[33]。
海外の反応をまとめました。


関連記事





・日本軍は、大和・武蔵に続く3隻目の超大型戦艦を、当時史上最大の空母に仕立てた。4年間の建造と莫大な費用の後、造船所を出てすぐに潜水艦によって撃沈された。



・名前は「信濃」。



・戦争は最悪だ。自分たちが破壊されるために多くのエネルギーと思考を注ぐのはとても悲しいことだ。



・沈没船は引き揚げられたりしたの?



・大きければ大きいほど良いというのは、第一次世界大戦のモットーである。その後、ビスマルクや大和のような大きな船は、潜水艦や航空隊の格好の標的となった。



・空母にも将来の戦争で同じことが起こるでしょう。空母はあまりにも脆弱。



・↑現代の空母は潜水艦に護衛されているんだろう。敵の潜水艦が撃ってきたら、敵の潜水艦は自分の位置を教えることになり、破壊される。



・数週間で沈没してしまったものに、どれだけの資源とエネルギーが注ぎ込まれたかと思うと、気が狂いそう。



・大学の第二次世界大戦史の講義に来たゲストスピーカーがそれを目撃していた。





・アーチャーフィッシュの船長、ジョセフ・エンライトは、この出来事を彼の視点から綴った「信濃」という本を書いている。 この本は現在も入手可能である。



・大和型は3隻とも完全に無駄になってしまった。日本にはそれを適切に支援し、防衛するための艦隊がなかった。



・大和が就役したのは、真珠湾攻撃の1年前である。
日本海軍は何年も港に隠しておいた。もったいない。



・↑その主な理由は、大和は燃料を大量に消費し、日本の燃料不足がそもそも太平洋戦争を引き起こした大きな要因だからで。その上、自国の名を冠した艦を失うことによる士気の低下もあり、大和を出すのは大規模な戦闘のときだけという状況になってしまった。



・スウェーデンの軍艦ヴァーサ号を調べてみて。処女航海でわずか1300mしか沈んでいない。どうして沈んだのか?軽い突風が理由。スウェーデンはGNPの5%を投じて建造しただけに、この沈没は破滅的だった。



・建造に4年かかった。沈没させた潜水艦は4ヶ月で作られた。



・10日間の栄光の後、再起不能になる。



・wikiの空母の記事を見ると、日本は20隻以上の空母を持っていたようだ。



・↑イギリスから空母の作り方、空母から飛ぶ飛行機の作り方を教わった。



・日本人は華麗な失敗をする術を心得ている。



・参考までに、これは1944年末のことである。 この時点で日本はかなりやられていた。

コメント

-

大和や武蔵も旧国名だけど大和朝廷や宮本武蔵から採ったと勘違いしている人もいそうだ。外国人なんかは特に

-

>自国の名を冠した艦を

大和は奈良県の旧称でっせ。信濃は長野県、武蔵はだいたい今の埼玉県+東京都地域

-

旧国名って言ってるやついるけど大和が日本にとって象徴的な名前なのは今も昔も変わらんわけで、レイ戦かゼロ戦かで愚痴愚痴言ってるニワカみたいなこと言わん方がいいぞ。

-

日本にとって象徴的というなら扶桑や瑞穂や秋津洲なんかもそうでしょ
あくまで命名規則の旧国名が奈良の大和の順番だっただけで、東京人なら武蔵、薩長閥の軍人なら長門や薩摩のほうが思い入れも象徴もあったと思うけどね

そもそも戦争終わるまで秘匿されてたから大和型は一般には認知されてなかったわけだしね

-

象徴的な名前がどれだけあるかではなく「大和国」という地方の国名と「大倭国」というかつて日本を表していた言葉が同じだという話をしとるんだろうが。
大日本帝国最大級戦艦の一番艦に「大和」って名前がついとるのには特別な意味があってダブルミーニングになっとるって話の何がわからんのや?ホントに日本人か?

-

建造途中の戦艦を空母に改装するんだから、大した腕前だわ~
なお艦載機を収める格納庫は狭かったらしい。

-

信濃は、艤装が終わらないまま航行中に作業をしていたために、電源コードなどが
あったため防水扉が閉まらずに海水が浸入したので沈没した。
本来、艤装が完成していたなら、武蔵を考えれば魚雷の4本程度では沈まなかった。
陸軍の飛燕も、上層部が現場の意見を聞かずに出動させて、全滅したのと同じく日本陸海軍の上級軍人の愚かさから来たもの。

-

何隻か作って設計が固まってる艦ならまだ量産できるけど
一品ものの巨大艦は建造に5年ぐらいかかるからね…
戦車や飛行機、砲などはまだ戦争中に製造できるけど
建造速度は上がったとは言え戦闘艦は戦争中に失うと
戦争期間内に補充できるかすら怪しいのは現代もいっしょ。
たぶんロシアの「モスクワ」の補充はこのロシアウクライナ紛争中にはできない。

-

信濃、武蔵、大和とわざわざ旧国名で揃えてんのに象徴がどうのとか言ってる思い込みが気持ち悪い。
武蔵は宮本武蔵とのダブルミーニングとか言い出しそう

-

>大和や武蔵も旧国名だけど大和朝廷や宮本武蔵から採ったと勘違いしている人もいそうだ。外国人なんかは特に

実際、ディスカバリーでやってた大和型のドキュメンタリーで武蔵=宮本武蔵から名付けられたという誤解があった

-

大和魂という言葉が頻繁に使われた事に見られるように当時の日本にとって大和という言葉が単なる旧国名の域を超えて特別な意味があった事なんて明白でしょ

-

なお戦艦設計だったため航空機格納庫が狭くて6万トンの超大型空母だったのに積載量は軽空母以下だった
大和級の装甲と鳳翔レベルの積載量とか面白すぎる、艦これ実装はよ

九州人

現在は原子力空母の防御のために駆逐艦3隻程度、潜水艦1隻程度(1ユニット)が必要とされている。
米国は現在11ユニットあるが、空母は1日動かすだけで約3億円かかり、年間の維持費は1000億円以上が必要と言われるので、米国以外で持てないと思う。

-

搭載数が少ないのは工期短縮のためじゃなかったか
鳳翔と同程度などということもない
ニワカには困ったものだわ

-

だから邪馬台国は奈良県にあったんだよ。
大和国だからな。

-

>武蔵はだいたい今の埼玉県+東京都地域

武蔵よりも前の武射(ムサシ、ムサ)国は今の埼玉・東京(江戸川以東)・神奈川だよ。
それが上下に分かれて武射上(ムサガミ)・武射下(ムサシモ)になり、それが訛って
相模と武蔵になった。五畿内(山城・大和・摂津・河内・和泉)よりも遥かに大きかった。
つまりは田舎ということ。

-

かつての広大な武射国のことを思うと、東京の連中が町田は神奈川とか埼玉を見下してるのが滑稽に見えるww

-

まあ今ある空母もいずれ時代遅れの兵器となる時がくる
航空機が時代の花形である期間も長くはないだろう
世界の軍人たちは次の主力兵器を必死で模索しているのだから

-

ダブルミーニングとか象徴とか特別と思いたいのかもしれんが、戦時中の日本国民の大部分は存在すら秘匿され知らなかったわけで、
そんな軍上層部しか知らないような命名を後世の人間があれこれ推測して定義するほうが論理的じゃないと思うけどねw

-

培われた技術は、無駄ではなかった

-

搭載機数が少ないのは戦闘時に他の空母が着艦不能になった場合にそれを受け入れるため、そして自身が前方に進出して他の空母の搭載機のために中継基地として運用するための設計。
なので航空機用燃料や爆弾も他の空母よりはるかに多い量を搭載。
元々は戦闘機のみ搭載し攻撃機・爆撃機は搭載しないという構想だったらしいけど、色んな部署の綱引きの結果自前の攻撃機・爆撃機も搭載する事になったらしい。
まあ、大和型戦艦改造という事で不沈性を頼みにしてるけど、大和・武蔵も雷撃で沈んでるからねぇ・・・
非公開コメント

kaigainoomaera

海外のお前ら 海外の反応管理人です。
政治からアニメまで色々なトピックに関する海外の反応をまとめます。
2019年7月にブログをhttps://kaigainoomaera.com/に移行しました。
旧ブログはhttp://blog.livedoor.jp/kaigainoomaera/

スポンサー広告

各ブログの更新記事

月別アーカイブ

feedly

follow us in feedly

過去記事

QRコード

QR

スポンサー広告