モハメド・アリの足に大きなダメージを与えた日本人レスラー(海外の反応) - 海外のお前ら 海外の反応



モハメド・アリの足に大きなダメージを与えた日本人レスラー(海外の反応)

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アントニオ猪木対モハメド・アリ(アントニオいのきたいモハメド・アリ)は1976年(昭和51年)6月26日に行われた、新日本プロレスの企画した「格闘技世界一決定戦」の内の一試合。日本のプロレス界のエースであるアントニオ猪木と、ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリによる異種格闘技戦で「世紀の一戦」とされた。試合会場は日本武道館。(ウィキペディア)
海外の反応をまとめました。



試合後、AP通信の報道によると猪木のアリキックによりアリの太ももは激しく腫れ上がり、膝の裏に血栓症を患い、サンタモニカの病院に入院した。かなりの重症であったが、9月に予定されていたケン・ノートン戦の準備の為、アリは短期間で強引に退院した。その後もアリは入退院を繰り返し、この試合でのダメージが5年後の現役引退の大きな要因になったとまで言われている。(ウィキペディア)

・こんなことが起きていたなんて、全く知らなかったよ。


・今までにこの話を聞いたことがあったか?
私は聞いたことがなかった。


・もし、アリが足を切断しそうになっていたら、本当に徴兵を逃れることを出来たね。


・↑彼は診断書を買わないことを選んだ。
彼の真のアメリカ人として、罰を受けることを選んだ。


・奇襲のように思える。


・猪木がずっと地面に横たわった、退屈な退屈な退屈な戦いだったと聞いたことがある。


・子供の頃、この戦いを見たことを憶えている。


・この茶番を憶えているよ。
すごく恥ずかしい。


・この偉大な戦いを確かに憶えている。


・この戦いは最悪だった。
ルールによって、猪木がテクニックを見せることは不可能だった。


・この試合には奇妙なルールが適応された。
両者が自分たちのスタイルで戦うことを許されていたら、どうなっていたか想像してみてくれ。





・父親とこの試合を見たことを憶えている。
良い試合だったと記憶していない。
父親は酷い戦いだと言い続けていた。


・アリのキャリアにおいて、最低の事態だった。
もしこの馬鹿馬鹿しい「試合」がアメリカで行われていたら、暴動になっていた。


・彼らは困難な挑戦を受け入れた伝説の男たちだ。
彼らはその問題を克服した。


・日本は今では日本の国会議員だ。


・ほとんどのアメリカ人は、アメリカ社会に与えた影響のことでしかモハメド・アリについて知らない。
アメリカ国内よりも大きくないにしても、国外での彼の影響について教えてくれてありがとう。


・アリは偉大なアスリートだったと思うが、彼は過大評価されている。
とはいえ、安らかに眠って欲しい。


・↑あの時代のすべての偉大なボクサーたちを撃破したのに、どうして過大評価なんだ?


・ブルース・リーにアリと戦うチャンスがあったとしたら?


・ボクサーを倒すには、足を蹴るのが一番の方法だよ。


http://goo.gl/GRjE0V,https://goo.gl/xB3O4u
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海外のお前ら 海外の反応管理人です。
政治からアニメまで色々なトピックに関する海外の反応をまとめます。
2019年7月にブログをhttps://kaigainoomaera.com/に移行しました。
旧ブログはhttp://blog.livedoor.jp/kaigainoomaera/

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